リコ活を1年やった結果.

こんにちは!cocoです。
このブログは、ちょうど1年前に夫の心無い一言に傷ついて、リコ活(離婚する活動)を決意して立ち上げました。
そろそろ1年、ということでこの節目に「リコ活はどうなったのか」ということについてお話しをしたいと思います。結論から書くと、結婚は継続!しかも家を買ったのでしばらく「リコン」はなさそう。という状態でございます。
「離婚だ!」「女性の自立だ!権利だ!」と当時は感情が昂って色々と動きまくりましたが、ワタシが求めていたのは「夫にワタシが大切にしていることを大切にしてもらうこと」でした。

この記事を書いている2024年某日の時点では、夫のことが大好きです。(その翌日に大喧嘩したりするけどね)
ただ、夫を好きだと思うことはあっても、リコ活精神は大切に持ち続けようと思います。
「自分の大切なものを大切にして欲しい」とパートナー・夫に言える自分であること。
そのために
・自分の大切なことを知っている
・それを大切にしてくれない時に違う選択肢をとる力がある
という気概があること。
依存でしがみつくような生き方はしないぞ!と決めておくこと。

まぁ、「自分が大事にしてることを大事にしてほしい」は
そのままブーメランで自分にも言えます。汗
このメディアでもそのための考え方や方法を書き残していこうと思います。
結婚している人、パートナーがいる人、相方とうまく付き合う方法、経済的自立を考えたいと思っている人のお役に立てるようなメディアにしたいと思います。
そもそもどうしてリコ活をしようと思ったのか。
コトの発端は「仕事やめろよ!」
まずそもそものリコ活の発端は、朝6時から早朝にミーティングをはじめて
夫と子供の朝の支度に支障をきたしたことから始まりました。
2ヶ月ほど早朝仕事をしていた私に、とうとう夫がキレて

仕事やめろよ!
と叫んだことから始まりました。
私たちの出会いはオンライン婚活で、私がいかに仕事を大事に思っているか?は
十分知って応援してくれていると思っていたので、大変なショックを受けました。
当時の記事はこちら
https://life-shift.site/momokochoice/
この記事でも気持ちが落ち着くところまで書いていますが、リコ活として
経済的・精神的な自立は常にしておきたいと思っています。
何か条件が揃ったら離婚!!と決めている訳ではありませんが、
うちの母方の親戚が夫に不満があっても、
「お金のせいで我慢するしかない😭」という状態を長く続けていました。
それを見て

いつでも自分の状況を変えられる力は持っていたい
と思って育ちました。
どのように「離婚衝動」はおさまったのか
上記のブログにも書きましたが、一旦離婚衝動は治りました。
簡単に流れを書き出すと…
▼2023年の6月に「仕事やめろ!」の宣言の後、ショックで離婚を考える。
▼子育てしながらでも出来る仕事を探す
▼選んだ「物販」の仕事が軌道に乗る
▼子宮頸がんが発覚
▼「もしも死んだら」と考えて家族の重要度が高まる
▼治療方針で夫とぶつかるが、結局手術をして一旦完治
▼年末に風邪をこじらせて緊急入院
▼急に家族に会えないことで夫と子供の大切さを痛感
…という、ここまでが2023年の1月ころまでの経緯です。
1月以降にワタシは何をしていたのか、と言いますと、4月頃にコミュニティを立ち上げました。
リコ活コミュニティの役割
このブログでも募集概要を出しましたが、
一般的に夫婦喧嘩がエスカレートしてくると、すぐに何らかの専門家が頭をよぎります。
・弁護士
・カウンセラー
・起業塾(経済の自立)
でも、これらの専門家に飛びついてしまうと、「結局自分はどうしたいのか?」を突き詰めることなく、その専門家のビジネスの終着点に誘導されてしまします。
・弁護士→離婚、慰謝料、親権を自分のものに
・起業塾→経済的自立をして離婚だ!まずお金を稼ぐために起業塾に課金!
・カウンセラー→結論ありきではなさそうだけど、誰を選んでいいのか分からない
・友達→似たような思考回路の人に聞いても愚痴&気晴らしにしかならなそう
友達に自分の家庭のいざこざを詳しく話しにくいと思う人もいるかもしれません。
割とワタシはネタにしてしまいますが、本当に傷ついたなぁと思った昨年の一言は、近い友達には話せませんでした。
で、ワタシが完全に中立だとは全く思いませんが、
このブログの読者さんとは殆ど友達ではないし、皆さんの子供も夫も直接の知り合いではないので、「こんな考えをする人もいるんだな」と参考程度になればと思い、
結論を出す前のモヤモヤを考える時のコミュニティを立ち上げようと思いました。
2024年4月に「ワタシの研究室」を立ち上げました。
コミュニティは4月は毎週イベントをするくらい活動していたのですが、6月頃からパッタリと更新が途絶えました。

ちょっと6月以降、大変なことが続いていました。
2024年の6月以降に起こったこと
父、交通事故の被害者になる。
まず、一番大きかったのは、父親の交通事故でした。
九州の田舎に住んでいる両親の元には、年に2回ほど長期で帰省していて、孫の面倒をよく見てくれる良いおじいちゃんでした。
その父と母を頼って、夫から少し離れて長期に帰省していたんです。気分転換に。
そんな父が、6月某日、高齢者の運転する車に轢かれてしまいました。
幸い命は助かり、体も回復しているのですが、高度脳機能障害になりました。
事故から2ヶ月が経った2024年8月現在も、記憶が混濁するので入院を続けています。

実家に少し預けて、3月には沖縄に3日間単独出張など、仕事のペースを上げてきていたのですが、それも難しくなりました。
密かに、7月にも沖縄単独出張を予定していたのですが、この事故の影響で、7月の1週間ほどの九州行きはキャンセルするしかありませんでした。
予定外・予想外① 妊娠発覚。
父の事故とちょうど同じ頃に、なんとなく調子が悪くなり、妊娠検査薬を手に取りました。
なんと陽性!
ちょうど42歳になったばかりでした。
ちなみに我が家にはすでに2人の娘がいます。一杯一杯。
2人とも帝王切開で、すでに2回の開腹手術をしています。
と、色々なことが走馬灯のように浮かびましたが、最初に浮かんだのは嬉しい気持ちでした。

わぁ、嬉しい!!
育てるのが大変、とか
帝王切開がまた激痛だろうな〜、とか大変なこともあるのですが、
そういうことの前に、妊娠できたこと&赤ちゃんを育てられるのが嬉しかったです。
現実的なことが色々とんだ状態で夫に報告したら、なんと夫は

え・・・無理・・・これ以上子育てできません💦
でした。笑
ワタシと真逆の反応で、びっくりしました。
その後ものすごく腹が立ち
「じゃあ子供ができるようなことしないでくれる?!」
「(妊娠しないと思ってたと言われて)42歳の女性の身体を舐めんじゃねー!」
と思いました。(言いました)
一瞬、またリコ活を考えました。
またもやリコ活(脳内リハーサル)
1年間のリコ活で、経済面の安定はだいぶできてきていたので、子育ての負担やのことを今回は色々考えました。

3人目を、もし反対を押し切って産むとしたらどんな選択肢があるか。
こういう書き出しを夫の反対の翌日には長々と書き出しました。
※選択肢の後のパーセンテージは、やりたい度・実現度です。

■反対のまま産む(20%)→反対のまま産むのはしんどい
→離婚して産む
・実家に帰って両親たちと育てる(80%)
・別居して関東に住み続けて産む(0%)
→離婚しないで産む
・同居し続けて、子育てサポートが無いまま3人の育児(10%)
■賛成されて産む (90%)
→結婚を継続して産む

「反対されて産む」というのはあまり得意では無いので
話し合って、出産に賛成されて→育児に協力してもらいながら育てるのが一番だな。
と思って、賛成を取り付けるために必要なタスクを洗い出しました。
賛成を取り付けるために必要なものは?
・夫が「子育てもう無理」という負担の大きさを話し合う
・3人の子供を育てるための教育費の貯蓄計画
・住居問題(賃貸では部屋が足りない)
・出産時の、上2人の育児をどうするか?
こうしたことを考えながら、夫との話し合いを進めました。
しかし、3人目を産むとしたら、どうしてもワタシの仕事時間はまた減ってしまうし
仕事を減らすと収入も減らさざるを得ず、夫の懸念点の「教育費」や「家賃」の負担が
ぐっと増えてしまう・・・
そこで、リコ活の中で試していた仕事などの中から精査して

30年計画を作り仕事内容・住む家・などなど色々変更。
(また別記事で)
この変更の過程で、なんと家を買うことになりました。
予定外・予想外② 関東で家を買う
私たち夫婦は、その時まで「家は地元で親の土地に建てる」と決めていました。
(わたしがというより、夫が)
その流れに一石を投じる、妊娠・実家の諸々。
夫は急に関東で家を探し始めました。
探し始めて2日後・・

ここ、見に行こう。
友達の不動産屋のKさんにアポ取って。
そう言われて、翌週には内見し、その翌週には、売主の会社へ。
あれよあれよという間に、1ヶ月も経たないうちに土地を購入してしまいました。
(早すぎだろ〜〜)
リコ活していたのに、3人目と住宅30年ローン。
1年前にはリコ活!と思って活動していたのに
いつの間にかワタシは、夫と3人もの子供をもうけ、30年ローンを組んで(夫の単独です)
おいそれと離婚はできない状況になってゆきました。
夫が契約する!と言った時には、人生の選択肢がなくなり袋小路のような気持ちになった時もありました。
しかし、、いま、どんな気持ちかというと

まぁ、いっか。これも面白そう。
です。
気がついたことが、ありました。
「色々な選択肢がワタシにはある!」と、思いたかった時は、目移りしてました。
仕事も、働き方も、コミュニティに参加する数も、色々手を出し過ぎていました。
何かあった時に離婚しようかな、するまいかな、と迷ったり、選択肢があるという状態を残していると「目の前のことに集中できない」ということを痛感してます。
2024年、25年、いやここ数年は、家の建築・家族と3人目のことに集中することにしました。
もう、妊娠待ったなし。
我が家には来年の1月に、女児が誕生します。
(3姉妹かよ〜という義父と父と夫の落胆ww)
来年の春には、家が完成します。
家のローンは今の家賃と同じくらい。じゃあ、ワタシがやることは何か?
・今の仕事の仕組みを整える
・物販を起動にのせる
・核家族3人育児を楽にするための「住みびらき」を建築段階から行う
・夫の育児負担をサポートする
・自分の収支計画をもう一度見直し、貯蓄のペースや配分を検討する
・この出産までに考えたことをきちんと記録に残す
・3人の送迎ができるように車の免許をとる
こうしたことを書き出しています。
うん、もう、これを今年やれたら安心して年を越せると思いました。
また、今回の夫の行動を見ていて(家を買う行動の速さや、夫と建築会社とのやりとりをするのを見ていて)惚れ直した部分がありました。
・自分が家族を守る/養うというコミットメントの高さ
・私の父や彼の家族への優しさ
・決断の速さ
・建築会社との対応のまともさ(丁寧・迅速)
・仕事ができる(ワタシが考えることは調査ずみ)
・与信能力の高さ(頼りになる)
そうしたことも、今の気持ちをそのままに(後で読み返して、何かあった時に落ち着くためにも)書き残しておこうと思います。
また、毎週1本くらいブログを書いて、記録を残してゆきます。
6月から色々なことがあって、書きたいことが溜まっています。
お家の建築や、3人以上の子育てをされている方、核家族での育児など、色々教えていただけると嬉しいです。仕事の話も色々書いてゆきたいと思います。
それでは、また〜。